東京頂道塾は、
経営者が自らの可能性を拓き、
仲間とともに自分の人生を生き切る場所である。
私たちは、知識を増やすためだけに集まるのではない。
自分を削り、自分になり、
人生を懸けたい「大欲」を見つける。
痛み、失敗、矛盾、違和感という「濁り」を排除せず、
自らの生命力へと変える。
主体的に損をし、仲間との縁を育て、
自分の器を広げる。
そして、自分が受け取ったものを、
次の誰かへ贈っていく。
本物の経営者として、自分を生きる。
仲間を生かす。社会を前進させる。
器を広げているか
異物を受け入れ、責任を引き受けているか。
自分と違う人、考え、失敗、批判、違和感を
排除していないか。
器とは、受容の総量である。
会社は社長以上の器にはならない。
大きな志を持つなら、それにふさわしい器を持つ。
主体的に損をしているか
自分から先に、時間・労力・知恵・機会を差し出しているか。
損を避ける者は、小さくまとまる。
見返りを求めず、仲間のために動く。
頼まれる前に動く。
面倒なことを引き受ける。
主体的な損とは、未来の縁と運を呼び込む投資である。
濁りを受け入れ、生命力にしているか
起きた出来事を排除せず、意味に変えているか。
痛み、悲しみ、不快、失敗、損失、矛盾。
人生は思い通りにはならない。
しかし、濁りは腐敗ではない。
濁りは、生命力の源泉である。
何が起きたかではなく、
それをどう受け取り、どう生きるか。
大欲で生きているか
それは、本当に人生を懸けたいことか。
売上や利益、地位や名誉だけではない。
「自分は何のために生きるのか」
「この人生を使って何を実現したいのか」
大欲とは、自分の利己が社会に繋がり、役に立っていること。
小さな欲には、小さな現実しか引き寄せられない。
可能性に賭け、大欲に生きる。
贈与しているか
受け取ったものを、次の誰かへ渡しているか。
知識も、経験も、縁も、機会も、自分だけのものにしていないか。
仲間から受け取ったものを、次の仲間へ。
先人から受け取ったものを、次の世代へ。
人が最後に残すものは、集めたものではなく、
与えたものである。
贈与が、次の贈与を生む。
頂道人の贈与成長循環
人・縁・機会が集まり、
さらに大きな大欲へ向かう。
さらに大きな大欲
人生を懸けたい大欲を持つ。
挑戦すれば、失敗・葛藤・異物という濁りが生まれる。
濁りを引き受けることで器が広がる
器が広がれば、自分から主体的に損ができる。
損を引き受ける生き方が他者への贈与となる。